Oasis(オアシス)入門編

ブリットポップ
画像出典:Official Facebook Page for Oasis
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マンチェスターの労働者階級から世界的ロックバンドへと成りあがったOasis(オアシス)、そんな彼らの軌跡に迫る!

概要

Oasisは90年代のイギリスのロックシーンの代表、というより番長的な存在

マンチェスターの悪ガキフーリガン兄弟であるギャラガー兄弟を中心としたブリティッシュロックバンド。

今の時代はわからないけど、1990年代後半から2000年代を生きたティーンエイジャーにとって、OasisGreenDayRed Hot Cilli Peppersの3バンドは「洋楽ロックバンド初心者登竜門ビッグ3」的存在だった。

(その3バンドの下にはLinkin ParkThe OffspringWeezerRadioheadSum41Limp Bizlitなどが構えている)

またその3バンドは別名「洋楽中級者になると何故だか聞いているやつを馬鹿にしたくなるバンドビッグ3」でもあった。

僕はそんな痛い時期を経て、改めて洋楽に詳しくない方々に向けてこの記事を書くようになった。

本当はOasisを紹介しているサイトは腐るほどあるが、Blurの方が好きな奴(僕)が書いた紹介サイトは正直少ないと思う。

とは言ってもOasisを乏したり、Blurを引き合いに出したりする気は全くない。

ただ「Oasisは世界最強のバンドだ」と言ってきかないOasis信者に現実で結構な頻度で会ってきたから、オアシスのブログを書いている人はそんな奴が多そう。(偏見だから鵜呑みにしないように)

だから客観視がある程度保証された紹介記事として考えていただけたら幸いです。

略歴

結成から鮮烈なデビューまで(1991年~1994年)

Oasisは元々「Rain」というバンドにギャラガー兄弟が加入したことできたバンドであった。

上記のいきさつは以下の通りである。

「Rain」ポール・ “ボーンヘッド” ・アーサーズ(ギター)、ポール・ “ギグジー” ・マッギーガン(ベース)、クリス・ハットン(ヴォーカル)、トニー・マッキャロル(ドラム)によるバンドであった。

一方後にOasisの中心メンバーになるギャラガー兄弟の兄ノエル・ギャラガーインスパイラル・カーペッツというバンドのローディ(裏方スタッフのこと)をしており、いつかバンドを組む時のために大量に曲を書いていた。

また弟のリアム・ギャラガー当時かなりの不良だったが、母親や学校のサポートによって何とか高校を卒業したところであった。

話をRainに戻すと、バンドはクリス(ヴォーカル)をクビにする。

Rainにボーカルがいなくなったことを知ったノエルはコネを狙い、弟であり“ギグジー”の学校の友達でもあるリアムをバンドに加入させる。

その後リアムがバンド名をOasisに変更させてライブ活動を続ける一方、ノエルインスパイラル・カーペッツのローディとしてアメリカツアーに同行していた。

ノエルは帰国後、Oasisに加入。地道なライブ活動を続ける。

1993年に名門インディーレーベルの「クリエーション・レコード」The Jesus & Mary ChainPrimal ScreamMy Bloody Valentineなどを輩出した名門レーベル)と契約。

1994年4月にシングル「supersonic」でデビューを飾り、UKシングルチャートで31位を記録。

その4か月後に発表したシングル「Live Forever」はUKチャート10位を記録する。

徐々に成功の階段を上っていく彼らは9月に1stアルバム『Definitely Maybe』をリリース。

なんとUKチャート初登場1位し、当時のデビュー・アルバム最速売り上げ記録を更新した。(最速売り上げ記録は2006年のArctic Monkeysに破られるまでずっと1位だった。)

また年末にはクリスマスの時期を狙ったシングル「Whatever」を発表し、UKチャート3位を記録。

鮮烈なデビューを飾った。

Blurとの対決~歴史的名盤『Morning Glory』の衝撃(1995年)

1995年にバンドとして初の試練に出会う。

メディアに煽られた結果、当時のブリットポップを代表するバンドであるBlurとシングル売り上げ対決をすることとなる。

※この「Blur vs. Oasis」騒動の詳細は「Blur (ブラー)入門編」という記事を参照してください。

Oasisは対決するにあたり、シングル「Roll With It」をリリース。

結果はOasisは敗北してしまう。

後に集計ミスやBlur側が同シングルの別バージョンを一緒に販売していたことなどが発覚したが、このような結果を受けてノエルは「Blurのデーモンとアレックスはエイズにでもかかって死ねばいい」と暴言を吐いた。

この暴言によってOasisは社会問題に発展するほどのバッシングを受けて、珍しく謝罪にまで追い込まれていた。

当時さすがに落ち込んだノエルリアム「大丈夫だって、ちょっと馬鹿なことを言っただけじゃないか」と励ました。

後にノエルは「あの時リアムがいなかったら俺はどうなっていたかわからねえ。」とコメントし振り返っている。

しかしここからOasisは大進撃が始まる!

はじめに技術に問題があったトニーを解雇し、アラン・ホワイトが加入。(ポール・ウェラーの勧めだった。)

1995年10月に2ndアルバム『Morning Glory』をリリース、全英チャート1位を記録。

また2018年時点でこのアルバムは全世界で2500万枚以上のセールスを記録している。

また同アルバムからシングルカットされた「Wonderwall」は全英シングルチャートで2位アメリカのビルボードチャートで8位を記録!アメリカでも大ヒットを記録。

翌年1996年のブリット・アワードでは最優秀アルバム、最優秀シングルなど他含め3部門を受賞した。

ライバルBlurとは大差をつけるほどの商業的成功を収めた。

世界のバンドへ、そして解散の危機(1996年~1999年)

1996年にOasisはアメリカツアーを敢行!

しかしリアムがアメリカ行きを拒否。だがノエルが全曲ボーカル担当するということで、Oasisリアムを残し渡米。

だがツアーの途中、リアムが渡米しバンドと合流!?、だがまた今度はノエルが勝手に帰国し解散が噂されたが、兄弟が和解し無事にツアーを成功させた。

1997年に3rdアルバム『Be Here Now』をリリース。

UKチャート1位、USチャート2位と大成功!

しかし批評家たちからの評価は賛否両論。

もちろん名アルバムでありギターがオーバーダビングしたサウンドであったり、エレクトロニカやドラムループを導入したり、9分を超える曲があったりとバラエティに富んだ内容となっている。

だが如何せん2ndアルバム『Morning Glory』が名盤すぎるため、これと同じようなアルバム、もしくは同じ路線で2ndを超えるようなアルバムを期待していた人々にとっては良いアルバムではなかった。

ノエル自身もこのアルバムには否定的で、収録曲がライブのセットリストに並ぶことはほとんどなかった。

1999年に悲劇が起きる。

メンバーの“ボーンヘッド”が家族との時間を大切にしたいという旨を伝えOasisを脱退

“ボーンヘッド”の脱退から2週間後に“ギグジー”がファックスで脱退を伝え、その後音信不通になる。

Oasisは解散の危機に瀕する。

強力なメンバーを揃えて再出発!(2000年~2008年)

1999年年末にOasisが長年在籍していたクリエーションレコードが倒産。

悲劇的なことでもあったが、逆にバンドとしては次のステップに進む良いきっかけとなった。

新たなメンバーとしてギターは元ヘヴィ・ステレオに在籍していたゲム・アーチャーが加入、ベースは元ライドのギタリストアンディ・ベルが加入。

2人ともそれぞれのバンドで結果を残している人物でもあり、作曲が出来たためOasis多大な貢献をすることになる。

2000年、Oasisは「ビッグ・ブラザー」という自主レーベルを立ち上げ、そこから4thアルバム「Standing on the Shoulder of Giants」をリリース。

エレクトロニカ・サイケデリックに傾倒したかなり実験的なアルバムだったにも関わらず、全英チャート1位を記録!

しかしこの年にもギャラガー兄弟の大きなケンカがあった。

ワールドツアーでの飲みの席でリアムが当時のノエルの妻メグ・マシューズを侮辱し始め、アナイス(ノエルの娘)の父親は本当にノエルなのか?」ノエルに発言!

二人は殴り合いに発展し、ノエルはバンドを一時離脱!過去最大の解散危機を迎える...

しかし数か月後にノエルは復帰。

ファンからは「またいつもの兄弟げんかかよ」と呆れられる結果となった。

2002年に5thアルバム「Heathen Chemistry」をリリースし、また全英チャート1位を記録!

本作ではノエル・ギャラガー以外が作曲した曲が収録されるようになり、リアムが作曲した「Songbird」はシングルカットされUKチャートで3位を記録するほどヒットした。

またノエルが敬愛し、音楽にハマるきっかけとなった人物、The Smithsジョニー・マーが本アルバムのレコーディングに参加して、いくつかの曲でギターを弾いている。

しかしこのアルバムをリリース後ドラマーのアランは脱退。

新しいドラマーとしてビートルズのドラマーのリンゴ・スターの息子にしてセッションドラマーとしての実力もあるザック・スターキーが加入。

※(息子なのに苗字違うじゃん!)思った人向けに説明すると、リンゴ・スターは芸名で本名はリチャード・スターキーなので苗字は一緒である。

2005年、彼を迎えいれたあと制作された6thアルバム「Don’t Believe the Truth」も全英チャート1位を記録!

60年代ブリティッシュロックを意識したギターロックアルバムで、批評家たちからも評価が高い。

2008年も同じメンバーで7thアルバム『Dig Out Your Soul』をリリースする。

前作の作風を踏襲するもどこかハードでサイケデリックな仕上がりとなり、またまた全英チャート1位を記録!

アルバム7作品連続で1位を記録するという偉業を成し遂げる!

・・・8作目は?

悲しいことに翌年に本当の悲劇が訪れていた。

突然の解散!?(2009年)

2009年8月28日にバンドの公式サイトでノエルの脱退を発表

発表後すぐにOasis解散が同じサイトで発表された。

原因はやはりノエルとリアムの喧嘩であり、以下のような内容であった。

 リアムは楽屋でアコースティックギターを弾ていると、リアムの演奏にノエルは辛辣なコメントをする。
 頭にきたリアムは弾いていたアコースティックギターをノエルに投げつけるが、ノエルには届かずノエルの足元に落ちてギターが壊れてしまう。
 自分のギターが壊れてしまったことに気づいたリアムは怒りが更にヒートアップし、既にステージにセットしてあるノエルのギターを壊そうとする。
 慌ててスタッフはリアムを止めようとするが、リアムは聞かずギターを破壊!
それはただのギターではなく、ノエルが尊敬するギタリストジョニー・マーからもらったギターだった。
 それを見たノエルはライブ直前にも関わらず、会場を去ってしまって翌日脱退を表明。 

当時僕はこの一連の報道を2chで見守っていた。

ノエルが脱退が発表されたあともスレッド内では「いつもの兄弟喧嘩だから大丈夫」だとみんな余裕があったが、解散を発表した直後スレッドにいる全員が唖然としたコメントをしていたのが印象に残っている。

リアムは残されたメンバーと一緒にバンドを継続し、Oasis改めBeady Eyeを結成するが、2014年にバンドは解散。リアムはその後ソロで活動を継続する。

ノエルはNoel Gallagher’s High Flying Birdsとしてソロ活動を今でも継続中。

今でも再結成が望まれているが、一向にする気配はない。

メンバー

※初期メンバーを重点的に紹介

ノエル・ギャラガー

ギャラガー兄弟の兄でリードギターとボーカルを担当。

バンドのほとんどの曲を作詞・作曲を担当している。

兄弟そろって無茶苦茶なイメージがあるが兄のノエルは暴言が多いだけで、プロ意識は高い。

そのためキャリア初期はリアムを含む他のメンバーの意識の低さから、対立することが多かった。

13歳の時に彼を強盗の罪で警察のお世話になり、保護観察処分(少年院には入らないが指導監督からの指導の下生活すること)を受ける。このときギターの演奏にハマり、ラジオから流れる曲をコピーするようになった。

尊敬している人はジョニー・マーポール・ウェラーまたビートルズ・ローリングストーンズ・セックスピストルズも敬愛し、彼の音楽スタイルに影響している。

リアム・ギャラガー

ギャラガー兄弟の弟でボーカル・タンバリンを担当。

手を後ろに組んで、マイクスタンドの前から離れず歌う独特の歌唱スタイルを持っている。(まるで日本の応援団みたいな感じ)

兄のノエルと違い、音楽にハマった年齢は18歳のときとわりと遅い。

音楽にハマったきっかけはストーン・ローゼスのライブを見たからだそうだ。

それまでは音楽は聴いていたがパブリック・エネミーみたいな不良仲間の間で流行っていたものをなんとなくで聴いていたらしい。

兄同様暴言が多く、それに加えて暴行事件や乱闘騒ぎをよく起こす。

※余談だがギャラガー兄弟は3人兄弟!長男がポールで、次男がノエル、三男がリアム。

ポール・ “ボーンヘッド” ・アーサーズ

リズムギター担当。

ノエルがOasisに加入する前は、彼とリアムで曲を書いていたそうだ。

しかし1999年に家族の時間を大切にしたいという理由でバンドを脱退する。

ポール・ “ギグジー” ・マッギーガン

ベース担当。

リアムとは同じ高校の友達。大麻を常習している。

1999年にファックスでバンド脱退を伝えて以来、音信不通となっているが時々DJとして活動している。

トニー・マッキャロル

ドラム担当。

もっというと被害者ともいうべき存在。

彼はギャラガー兄弟がバンドに加入する前からいるメンバーであったにも関わらず、へたくそを理由にギャラガー兄弟にいじめられた挙句バンドを解雇される。

そして十数年後その兄弟の喧嘩によってバンドも消滅。

彼の境遇を考えれば考えるほど涙が出てくる。

1999年に彼はバンドを訴え、1800万ポンドを請求。

最終的に55万ポンドでトニーとバンドが法廷外和解をし、彼は今後Oasisのロイヤリティ(印税)の権利を放棄することに同意。

この顛末にはイギリスのメディアはトニーの愚かさに失笑した。

また彼は2010年にOasisの暴露本を出版。売れたかどうかは不明。

本によってギャラガー兄弟から受けた仕打ちを暴露したが、元から評判の良い兄弟でもないのでほぼノーダメージという結果に終わる...がんばれトニー...

おすすめの曲

『Rock’n Roll Star』

1stアルバム『Definitely Maybe』からシングルカット曲であり、オープニングトラック。

最初の爆音の産声のようなギターサウンドから痺れる一曲。

曲の内容もまさにギャラガー兄弟の生きざまを表しているような曲。

ノエル自身もお気に入りの曲で、バンドを通じて言いたかったことは『Rock’n Roll Star』・『Live Forever』・『Cigarettes & Alcohol』の3曲に詰め込まれていると語っています。

『Live Forever』

1stアルバム『Definitely Maybe』からシングルカット曲。

メンバー自身が最高傑作の一つの評している曲。

この歌については2通りの説明がされており、一つはギャラガー兄弟の母ペギーにささげた歌。

もう一つはグランジロック勢の自己嫌悪や死への羨望に対するアンチテーゼでもあると語っている。

『Whatever』

アルバム未収録のシングル曲。

おそらくOasisを知らない人でも聞いたことがある曲。

なぜなら日本を含む世界中で今でもCMのタイアップ曲になっているから。

日本では一番人気の曲だと思う。

しかしニール・イネスがこの曲を盗作だと訴訟を起こし、作曲者のクレジットに彼の名前を足すことと印税を分配することで両者が和解した。

↓これが盗作されたという曲「How Sweet To Be An Idiot」

『Don’t Look Back in Anger』

2ndアルバム『Morning Glory』収録曲。

本国イギリスでは国家レベルで歌われている名曲だとか。

またこの曲のメインボーカルは兄のノエルが担当している。

リアムもこの曲を気に入っていたため、どちらが歌うかで大喧嘩した

タイトルを和訳すると「過ぎたことで怒るなよ」って意味になり、兄から弟へのメッセージソングのように思える。

『Wanderwall』

2ndアルバム『Morning Glory』収録曲。

本国イギリスのみならず、アメリカでも大ヒットを記録したシングル。

ノエルは当初は「当時の恋人に向けて書いたもの」と答えていたが後に否定。

本当は架空の友達を励まそうとする曲だそうです。

『Acquiesce』

コンピレーションアルバム『Masterplan』収録、シングルカット曲。

ファン人気が高い曲。

Aメロはリアムが歌い、サビはノエルが歌うという特殊な構成。

個人的にお気に入りの曲。

『Stay Young』

コンピレーションアルバム『Masterplan』収録。

ノエルはこの曲をポップすぎるという理由であまり好んでいないが、ファン人気は高くブリットポップにふさわしい曲の一つだと思う。

また青春ホラー映画『パラサイト』のエンドロール曲に採用されている。

この映画も面白いのでおすすめです。

おすすめのアルバム

『Definitely Maybe』(1stアルバム/1994年)

彼らのデビューアルバムであり最高傑作の一つ。

ロックバンドとして「自分たちが何者か」ということを非常にシンプルに、そしてパワフルにリスナーに伝えることに成功しているアルバム。

ローリング・ストーン誌の選ぶ『オールタイム・ベスト・デビュー・アルバム100』において、42位にランクイン!

またギャラガー兄弟が敬愛するストーン・ローゼスマニ(ベーシスト)も「史上二番目に素晴らしいデビューアルバムだ。一番は俺達のだが」と高く評価された。

『Morning Glory』(2ndアルバム/1995年)

彼らの最高傑作の一つ。

最初に聞くならこれ!

本当に良い曲しか入っていない名盤!

ローリング・ストーン誌の選ぶ『オールタイム・グレイテスト・アルバム500』において157位にランクイン。

『Masterplan』(コンピレーションアルバム/1998年)

初の裏ベスト・アルバムで、シングルのB面をファン投票とノエルによって選曲された。

このアルバムもかなり名曲が揃っており、「この完成度の高さなのにB面なの!?」と驚愕するような内容。

またビートルズの名曲「I Am the Walrus」のライブカバーが収録されているので聞いてほしい。

外部リンク

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