様々な悲劇を乗り越えて・・・多層的ハーモニーを重視したサウンドでロックファンを魅了した80年代アリーナロックの代表格!!
Def Leppard(デフ・レパード)は
- Bon Jovi(ボンジョビ)
- Guns N’ Roses(ガンズ・アンド・ローゼス)
- Van Halen(ヴァン・ヘイレン)
などに並ぶ80年代HR/HMバンドの代表格だが、上記バンドの中でも異質な存在であった。
まず彼らは全員イギリス人であり、本国イギリスよりもアメリカで成功している。
そして何より悲運に見舞われるバンドでもある。
ずっと幸せなバンドなどめったにいないが、彼らほど困難が訪れるバンドも珍しい。
1984年にドラマーのリック・アレンが腕を切断するほどと自動車事故にあったり・・・
1992年にはギタリストのスティーブ・クラークが急死したり・・・
また1994年にはベーシストのリック・サヴェージがベル麻痺(顔面神経麻痺の一種)を発症したり・・・
しかし逆境になればなるほど、苦しい状況にも負けず素晴らしい作品を世に放ち続けていた!
そんな不屈の精神を持ハードロックバンドを紹介!!
メンバー
ジョー・エリオット
ボーカル。
独特なハスキーボイスが癖になるDef Leppard創設時からいるオリジナルメンバー。
1976年にジョーはDef Leppardの前身バンドであるアトミック・マスのオーディションにギタリストとして参加。
オーディションの結果、彼はリードボーカルの方が適任だと判断されボーカルとして加入。
またジョーの提案でバンド名をアトミック・マスからDef Leppardになったという。
身長187cmとかなり長身。
フィル・コリン
ギタリスト。
1982年、『Pyromania』(3rdアルバム/1983年)のレコーディング中にDef Leppardに加入した。
それ以前はGirlというバンドのギタリストとして活動していた。
正確な速弾きに定評があり、1980年にIron Maiden(アイアン・メイデン)のスティーブ・ハリスからバンド加入を打診されたこともある。
元々お酒を飲んでいたが、1988年にアルコール依存症と診断されたのを機に断酒した。
同時期に肉を食べるのをやめており30年以上ベジタリアンを貫いている。
また趣味で武道を嗜んでおり、キックボクシングやムエタイ、空手は黒帯を持っている。
スティーヴ・クラーク
ギタリスト。
1978年にDef Leppardにセカンドギタリストとして加入。
(※当時のDef Leppardのギタリストはピート・ウィリス1人だった)
スティーヴ・クラークはほとんどの曲の作詞とギターリフ作成を行っており、ジョー・エリオットから「リフマスター」と呼ばれていた。
またバンド中で唯一クラシック音楽の素養があり、音楽理論に精通している。
一見理論派のように思えるが、ギタープレイに関しては感覚派であり正確無比なフィル・コリンとは対照的でアドリブを重視する。
1980年代後半からアルコール依存症となっており、1989年にリハビリ施設に入所した。
しかし1991年に30歳の若さでこの世を去る・・・
死因はアルコールと処方薬の致死性混合物による呼吸不全であった。
ヴィヴィアン・キャンベル
ギタリスト。
1992年に前述のスティーヴ・クラークの後釜として加入した。
1979年にスウィート・サベージというバンドのギタリストとしてメジャーデビューを果たす。
※スウィート・サベージはMetallicaのジェイムズ・ヘットフィールドが尊敬するほどのバンド。
1983年にはスウィート・サベージを脱退し、ロニー・ジェームズ・ディオのバンドDioに参加。
Dioのヒット曲である『Holy Diver』や『Rainbow in the dark』の作曲に貢献。
また1987年にはDioを脱退してWhite Snake(ホワイトスネイク)に加入したが、1988年に脱退。
そして1992年にDef Leppardに加入し、最初のライブはドイツのベルリンのクラブであった。
しかし次のライブはなんとフレディ・マーキュリー追悼コンサートであり、ウェンブリースタジアムにて7万2千人の前でライブを行った・・・
リック・サヴェージ
ベーシスト。
Def Leppard創設時からいるオリジナルメンバー。
Def Leppardの前身バンドであるアトミック・マスから在籍しており、当時はギターを弾いておりQueenやSlade、Deep Purple、Jimi Hendrixなどのカバーをしていた。
その後ベーシストに転向した。
また元ギタリストゆえかベースプレイは指弾きでなくピック弾きを好む。
その理由としては音飛びやミュートされすぎないようにサウンドに一貫性を持たせたいからだそうだ。
また1994年にベル麻痺(顔面神経麻痺の一種)を発症したが、現在症状は多少治まっているが完治はしていない。
リック・アレン
ドラマー。
メンバーの中では最年少であり、Def Leppardが新聞の広告でバンド募集をしているのを見て応募してドラマーとして参加した。
1978年11月1日に加入し、その日はリック・アレンがちょうど15歳の誕生日を迎えた時であった。
しかし1984年12月31日、リックは運転中の交通事故により左腕を切断することになる。
当時彼は引退を考えたが、世界中のファンからの激励の手紙や他メンバーの「いつまでも君の復帰を待っている」という言葉を受けてドラマーとして復帰を決意。
片腕だけでも演奏できる電子ドラムセットを特別に設計し、現在もドラマーとして活躍し続けている。
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