Dead Kennedys(デッド・ケネディーズ)入門編【おすすめ曲・アルバム】

USパンク
画像出典:Dead Kennedys HOME | Facebook

過激なブラックユーモア溢れる歌詞で辛辣な政治批判を行った最も政治的なハードコアバンド!!

パンクロッカーが反政府的な歌詞を書くことは珍しいことでもない。

でもDead Kennedys(デッド・ケネディーズ)ほど反政府的姿勢を崩さなかったバンドは少ないのではないかと思う。

そもそもバンド名がデッド・ケネディーズというケネディー大統領暗殺事件というアメリカの闇をバンド名にしようとしている時点で尖っている。

デッド・ケネディーズは1978~1986年の間に活動し、政治批判はもちろん、大衆文化、パンク・ムーブメントそのものを批判するような挑発的なバンドであった。

さらに自分たちの表現の自由を死守するためなら、バンド活動すらも犠牲にした!


1985年にデッド・ケネディーズがリリースしたアルバム『Frankenchrist』には、H・R・ギーガー作の『ペニス・ランドスケープ』の絵が同梱されていた。

この絵は男女の性器が結合したものであったため、当時PMRCが激怒してデッド・ケネディーズらを刑事告訴した!

※PMRC・・・暴力的・性的なコンテンツを規制するために作られたアメリカの政府委員会

裁判の結果デッド・ケネディーズらに最高2000ドルの罰金を科したが、バンド側はこれを不服として再審を要求!

再審は半年に及んだが、結果は覆らず・・・

さらに訴訟費用が重なったことでバンド活動が継続不可能となり解散した!

自分たちを犠牲にしてまで表現の自由に拘ったデッド・ケネディーズの名曲・名盤を紹介!

メンバー

※全盛期のラインナップ

ジェロ・ビアフラ

ボーカル。

怒りで震えるような歌声で皮肉な歌詞と辛辣な社会批評を行うのが特徴!

ジェロ・ビアフラは芸名であり、本名はエリック・リード・ブーシェEric Reed Boucher)。

アメリカで有名なゼリーのお菓子ジェロJell-O)と設立してたった4年間で滅亡したアフリカのビアフラ共和国からとっている。

Ramones(ラモーンズ)に憧れて、バンド活動を始める。

楽器経験が乏しかったため、彼は歌詞や歌メロはもちろん、ギターリフまで口頭で録音することで作曲に貢献した。

1979年に自身が主催するレーベルであるオルタナティブ・テンタクルズを設立。

同レーベルには

などパンク界隈でもキワモノであったバンドを多数輩出した。

しかし彼は他メンバーに対して約10年間にわたり約7万5000ドルの印税を支払っていなかったため、1998年に訴えられて約20万ドルの賠償金の支払いを命じられた。

それゆえ他メンバーとの関係は良くなく、2001年にデッド・ケネディーズは再結成されたが、ジェロ・ビアフラは参加していない。

また彼自身も政治活動を行っており

  • 1979年のサンフランシスコ市長選挙
  • 2000年のアメリカ大統領選挙

の2つに出馬したがいずれも落選した。

イースト・ベイ・レイ

ギタリスト。

デッド・ケネディーズ結成以前はロカビリー・ドゥーワップ系のバンドのギタリストをしていた。

彼が1978年に地元カリフォルニア州のローカル新聞でバンド募集広告を出したのがきっかけでデッド・ケネディーズを結成!

ギタースタイルはほとんど先人のパンクギタリストからの影響を受けず、

  • ディック・デイル(サーフロックギターの帝王)
  • シド・バレット(ピンクフロイド)
  • スコッティ・ムーア(エルヴィス・プレスリーのバンドのギタリスト)

などから影響を受けている。

クラウス・フローライド 

ベーシスト。

クラウスが8歳の時に『エド・サリバン・ショー』に出演していたバディ・ホリーに強い衝撃を受けて、ギターを始める。

しかし当時彼が習っていたギターの先生が「君は手が小さいから良いギタリストになれない」といって、ベースを始めることになる。

デッド・ケネディーズを結成する前は、ボストンやニューヨークでR&Bやブルースのバンドで演奏していた。

D. H. ペリグロ

ドラマー。

初代ドラマーであるテッドが「建築家になりたい」という理由で脱退したため、2代目ドラマーとして就任。

デッド・ケネディーズ解散後、1988年にRed Hot Chili Peppers(レッド・ホット・チリ・ペッパーズ)に加入した。

しかしD. H. ペリグロは薬物・アルコール問題を理由に3カ月ほどで解雇されている。

2022年10月28日、ヘロインとフェンタニルの混合物の過剰摂取によりこの世を去る・・・

享年63歳であった

おすすめ曲

Kill the Poor

『Fresh Fruit for Rotting Vegetables』(1stアルバム/1980年)、収録曲。

「Kill the Poor(貧乏人を殺せ)」というド直球のタイトル。

サビで「Kill the Poor(貧乏人を殺せ)」を繰り返す!

当時のエリート層を風刺した楽曲で、歌詞の内容は中性子爆弾を使って貧困層を消せば福祉税も払う必要もなく犯罪率も低下するというもの。

エリート層の選民思想を過剰に皮肉っている。

California Uber Alles

『Fresh Fruit for Rotting Vegetables』(1stアルバム/1980年)、収録曲。

バンドのデビューシングル!

タイトルはドイツの国歌の「Deutschland, Deutschland über alles」(「ドイツ、ドイツは万物の上に」)をもじったもの。

(※当時ドイツ=ナチズムと結びつける偏見があった)

この曲は当時のカリフォルニア州知事のジェリー・ブラウンの政治思想がヒッピー文化とナチズムの融合であることを批判した楽曲。

軍隊の行進曲のようなドラムラインに不穏なベースラインが乗っかり、骨太サーフロック系ギターリフが加わる!

個人的にデッド・ケネディーズで1番好きな曲!

Holiday in Cambodia

『Fresh Fruit for Rotting Vegetables』(1stアルバム/1980年)、収録曲。

サーフミュージックからの影響を強く受けた楽曲。

当時のカンボジアはポル・ポト政権の暴政により国民が虐殺されていたことを歌った楽曲。

パンクでありながら、イントロの長さが50秒ほどあったり、ギターソロがあったりするのが特徴。

Foo Fighters(フーファイターズ)System of a Down(システムオブアダウン)サージ・タンキアンがコラボした際にこの曲をカバーした。

Foo Fighters feat. Serj Tankian

Viva Las Vegas

『Fresh Fruit for Rotting Vegetables』(1stアルバム/1980年)、収録曲。

エルヴィス・プレスリー「Viva Las Vegas」のカバー。

原曲の歌詞は一部変更しており、コカインやメタンフェタミンなどの薬物に言及するものに変更している。

デッド・ケネディーズが歌うとラスベガスを皮肉っぽく称賛しているように感じる。

映画『ラスベガスをやっつけろ(1998年)のエンドクレジットでこの曲が流れる。

Nazi Punks Fuck Off

『Plastic Surgery Disasters/in God We Trust』(2ndアルバム + EP/1981年)、収録曲。

たった1分ちょいの曲の長さ!

当時白人至上主義スキンヘッド運動やナチ・パンクスなどの文化があり、それらを痛烈に批判した曲!

また曲中でジェロ・ビアフラはライブ中に喧嘩をしたり暴れたりする観客を批判している。

Napalm Death(ナパーム・デス)がこの曲をカバーしている。

Napalm Death cover

Bleed for Me

『Plastic Surgery Disasters/in God We Trust』(2ndアルバム + EP/1981年)、収録曲。

ハードでありながらポップなメロディを軽快に歌い上げるおすすめの楽曲!

歌詞の内容は当時のアメリカ外交政策の批判。

自国の大企業が儲かるように他国の独裁政権を利用する様を批判した楽曲。

Pearl Jam(パール・ジャム)がこの曲をカバーしている。

Pearl Jam cover

おすすめアルバム

『Fresh Fruit for Rotting Vegetables』(1stアルバム/1980年)

彼らの記念すべきデビューアルバム!

タイトル直訳すると腐りかけた野菜のための新鮮な果物

だが邦題は『暗殺』...ケネディに引っ張られ過ぎ。

捨て曲が全くないストレートなハードコアソングだらけの名盤!

初めて聴く人におすすめ!

当初デッド・ケネディーズらが主催するレーベルのオルタナティブ・テンタクルズから販売していた。

その後イギリスのインディーレーベルであるチェリーレッド・レコードからも販売されるようになる。

結果イギリスで人気を博し、UKインディーアルバムチャート2位を記録!

NMEが発表した『史上最高のアルバム500枚』にて365位にランクイン!!

『Plastic Surgery Disasters』(2ndアルバム/1982年)

衝撃的なアルバムジャケットで話題となった作品!

このアルバムジャケットの写真はコラージュ写真であり、飢餓で苦しんでいるアフリカの子供と白人男性の手を重ねることで貧富の差を表現した。

アルバムジャケットのみならず収録されている楽曲の内容も、より過激に社会批判をする内容となった。

前作の『Fresh Fruit for Rotting Vegetables』(1stアルバム/1980年)よりもより暗く、よりハードコア色を強めた作品。

ジェロ・ビアフラ自身がこのアルバムを最高傑作であると公言している。

外部リンク

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