Arctic Monkeys(アークティック・モンキーズ)入門編【おすすめ曲・アルバム】

ロックンロール・リバイバル
画像出典:Arctic Monkeys HOME | Facebook

オアシスの再来!?イギリスのロックンロール・リバイバルの代表的なバンド!

イギリスでは10年ごとにその世代を代表するようなロックバンドが出てくる。

60年代はBeatles(ビートルズ)

70年代はLed Zeppelin(レッド・ツェッペリン)Queen(クイーン)

80年代はU2The Smiths(ザ・スミス)

90年代はOasis(オアシス)

そして2000年代は間違いなく今回紹介するArctic Monkeys(アークティック・モンキーズ)だ!

2000年代初頭、アメリカでは

によってロックンロール・リバイバル・ブーム始まった。

少し遅れてイギリスではThe Libertines(ザ・リバティーンズ)がこのブームの代表になる・・・

かと思われたが、当バンドのフロントマンにして問題児のピート・ドハーティのせいで満足な活動が出来なかった。


その後、2005年1月にイギリスのネット界隈である無名のバンドの音源が話題となった。

その音源はArctic Monkeysがライブで無料配布していた音源であり、とあるファンが無断でネットに上げたところイギリスロック界隈に衝撃を与えたのだ。

同年にバンドはインディレーベルのドミノ・レコーズと契約、10月に1stシングル『I Bet You Look Good on the Dancefloor』して全英1位!

さらに来年2006年にデビューアルバム『Whatever People Say I Am, That’s What I’m Not』(1stアルバム/2006年)をリリースして、全英1位!

あまりにも速いとんとん拍子の成功!

その速さにThe Smithsモリッシー「あいつらの成功は早すぎる」と口を滑らせたくらいだ。

(その後Oasisノエル・ギャラガーがこの発言に対して「本人たちがどうにもできないことについて口を出すべきでない」と苦言を呈した。)

そんな2000年代を代表するUKロックバンド、Arctic Monkeysの名曲、名盤を紹介!

メンバー

アレックス・ターナー

ギターボーカルであり作詞担当。

キッチンシンク・リアリズムからシュルレアリスム的な作詞まで幅広く出来るスタイルで様々なリスナーや評論家から支持を得ている。

キッチンシンク・リアリズム・・・1950年代から60年代にかけてイギリスで流行した現実世界に幻滅した怒れる若者による文化運動

彼は幼少期から音楽に興味を持っていたが、小学生の頃はテニスラケットをギターやベースに見立ててOasis(オアシス)のフリをする遊びをする程度であった。

その後中学生になるとヒップホップにハマり、ウータンクランドクター・ドレアウトキャストを聞くようになる。

しかし2001年、彼が15歳の時にThe Strokes(ザ・ストロークス)に衝撃を受けてギターをするようになった。

そして2003年に彼は友人3人とBang Bangというバンドを結成し、その後Arctic Monkeysに改名する。

また2007年にサイドプロジェクトThe Last Shadow Puppets(ラスト・シャドウ・パペッツ)を始めている。

ジェイミー・クック

ギタリスト。

アレックス・ターナーとは同じ歳で近所に住んでいたが、学校は別々だった。

またArctic Monkeysというバンド名はジェイミーが命名した。

他のメンバーがヒップホップの影響を受けている一方、ジェイミー

などのギターロックを好んだ。

またマスコミ嫌いであまり彼に関する情報がネット上にない・・・

マット・ヘルダース

ドラマー。

幼少期からアレックス・ターナーと家が近所で仲良く、小学校から大学まで一緒だった。

バンドを始めるときに全員がギターを持っていたので、消去法的にドラムを始めたという。

その後フェスでQueens of the Stone Age(クイーンズ・オブ・ザ・ストーンエイジ)のドラムプレイに感銘を受けて、もっとドラムを練習するようになったという。

また彼はドラムを始める前はロックよりもヒップホップを聴いていたため、ロックとヒップホップが融合したグルーヴが持ち味。

NMEが選ぶロックンロール界を彩った最高のドラマー32人第27位に選ばれた。

ニック・オマリー

2代目ベーシスト。

初代ベーシストのアンディ・ニコルソンだったが、彼は2006年にArctic Monkeysの北米ツアーを疲労を理由に参加拒否。

そのため当時The Dodgemsというバンドでベースしていたニック・オマリーが代役としてツアーに参加した。

僅か2日の間に、バンドの楽曲を覚えなければいけなかったと語っている。

さらにこのときニックは手を骨折していた・・・だがパフォーマンスに問題はなかったという。

加入後の初ライブはロンドンのライブハウスで客数120人ほどの規模だったが、2日後カナダ・バンクーバーで行われた北アメリカツアーでは1万5千人~2万人の前で演奏した。

ツアー終了後、正式にArctic Monkeysのメンバーとなる。


次のページからおすすめ曲・アルバムを紹介!

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