Husker du(ハスカー・ドゥ)入門編【おすすめ曲・アルバム】

USオルタナティブ
画像出典:Official Facebook Page for Hüsker Dü

オルタナティブロック黎明期に活躍し、US音楽界に多大な影響を与えたレジェンドハードコアパンクバンド!!

・・・など

90年代のオルタナティブシーンを盛り上げた大物バンドたちがあるバンドから影響を受けていると口にした。

そのバンドは、Hüsker Dü(ハスカー・ドゥ)

彼らの功績とは何か?!

それはハードコアの激しさ・疾走感古き良きロックの歌メロを融合させたこと!

またUSアンダーグラウンドシーン出身バンドの中では一番早い時期、1986年にメジャーデビューを果たした。

彼らはメジャーシーンとアンダーグラウンドシーンの音楽的架け橋となり、90年代に流行するオルタナティブロック・ムーブメントの礎を築いたのだ!

だがメジャーシーンでこれから活躍しようというときに、バンドの2つの頭脳であるボブグラント喧嘩別れしてしまい解散してしまった。

今回はそんな悲運により大きな成功を望めなかったが、様々なバンドたちからリスペクトを集めるHüsker Düについて語りたい!!

メンバー

ボブ・モールド

ギター・ボーカルを担当。

ソングライティングも担当しており、バリトンボイスが特徴的。

彼は高校生の時にRamones(ラモーンズ)に影響を受けてギターを始めたという。

その後地元ミネアポリスにあるマカレスター大学に進学し、そのときグラント・ハートと出会いHüsker Düを結成した。

Hüsker Dü解散後は、ソロ活動を開始。

デビューシングルの「See a Little Light」はUSモダンロックチャート4位を記録!

また上記の曲が収録されているソロアルバムWorkbook(1989年)をリリース。

このアルバムはアコースティック要素を押し出した作品であり、R.E.M.の名盤『Automatic for the People』(1992年)の制作に多大な影響を与えた!

そして1992年に新たなバンド”SUGAR”を結成!

SUGAROasisが所属していたインディーレーベル”クリエイション・レコード”に所属していた。

また同性愛者であることを90年代初頭にカミングアウトした。

そのため同性結婚の合法化を支援する活動にも積極的に参加していた!

グラント・ハート

ドラム・ボーカルを担当。

歌唱スタイルはボブの高音でシャウトするスタイルとは反対で、メロディックで落ち着いたスタイルであった。

10歳の時に実の兄を交通事故で亡くし、その兄が持っていたレコードやドラムセットを引き継いで音楽への道に進んだ。

そしてバンド活動と並行してレコードショップで働いており、そのレコードショップでボブ・モールドと知り合った。

ボブと同様にソングライティングを担当!

それゆえお互いに自分の曲をアルバムに入れたがっていたため喧嘩していた。

さらにメジャーデビューした1986年にグラントはHIVに感染したと診断される。

また自身の薬物使用も相まってバンドを続けられる状態でなかったため、1987年にHusker Duは解散する。

しかし解散して半年後、HIVにかかったというのは誤診だったと判明・・・

不運にもほどがある・・・

バイセクシャルであることを公言しているが、バンド仲間であり同性愛者のボブとの恋愛関係は否定している。

解散後は”Nova Mob”というバンドで活動したがすぐ解散し、ソロ活動を中心に活躍している。

彼は2017年9月13日に肝臓がんとC型肺炎の合併症により逝去する...

享年56歳であった。

グレッグ・ノートン

ベースを担当。

グレッグはグラントと同じレコードショップで働いており、そこでボブと知り合いHüsker Düに加入した。

Husker Duの楽曲はボブとグラントの2人がほとんど作っていたが、グレッグは下記の数曲を作っている。

  • MTC
  • Don’t Have A Life
  • Let’s Go Die

(上記3曲はライブアルバム『Land Speed Record』(1982年)に収録されている。)

Husker Duを解散後はグレイ・エリアというバンドで活動したが、そのバンドも1991年に解散。

その後、彼は音楽業界を離れてレストラン経営をするようになった。

しかしそのレストランも現在は閉店している。

現在Ultrabomb (ウルトラボム)というバンドのベーシストとして活動している。


次のページからおすすめ曲・アルバムを紹介!

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